限界集落の真実

人口減少時代に地方では過疎地域が増加しているというのがある程度共通した認識であろう。
以前限界集落というキーワードであたかも次々と集落が消滅していっているというような
イメージがあるけれど、実際のところどうなのかというのを著者が全国各地で検証した本。

そこで問題となるのが、2007年8月に国が発表した、過去7年の間に、過疎地域だけで191の集落が消えたという数字である。この数字は、メディアでもセンセーショナルに取り上げられ、何度も繰り返し報じられた。だがその内容を見てみると、ダム・道路による移転や集団移転事業、自然災害等が含まれており、高齢化のために共同生活に支障が生じ、消滅に至った集落が191あったというわけではない。それどころか、本章でみていくように、調べた限りでは高齢化の進行による集落消滅は、全国の中でまだ一つも確認できない。

そもそも限界集落論としては、[高齢化の進行→集落の限界→消滅へ]というプロセスを喚起したもの
だというが、集落の限界を経てなくなったというケースはないとのことである。

過疎の現場では、取材に来た記者に「大変でしょう?」と聞かれて、ついうっかり「ええ大変です」と答えてしまっていることが多いようだ。それどころか、「問題はないか?」としつこく問う記者に、根負けしている様子さえうかがえる。

限界集落の記事を書こうと思ってきているのだから、非常に不便を強いられているといった結論に
結びつかないと困るのだろう。

長い間の運動を経て、住民集会、バス会社・役場との折衝が重ねられ、次のような住民参加方式を採用することで、93年のバス開通にこぎ着けることとなった。三集落に暮らす高校生を持つ家は必ず定期券を買う。時間は学校に間に合うように調整する。何より、毎月1000円分の回数券を、乗っても乗らなくても全戸で必ず買う。三集落が全戸をあげて負担をすることで、役場も不足分を補助し、バス会社も企業努力を重ねることを約束して、路線開通の実現を見たのである。

定期券を買う高校生のいる家が何件くらいあるのかが気になる。さすがに毎日必ず乗る人がそれなりに
いないと成り立たないと思うし。税金が投入されて終わりではなく、住民も痛みを伴うという点が
都会とは違う方式である。徴収の仕組みはやはり役所から支払い明細のようなものが届くのだろうか。

T型集落点検は、集落を家族の集合体としてとらえる点に大きな特徴がある。かつ、その場合の家族を、その集落の中にいまいる人たち-すなわち住民基本台帳上の世帯-だけでなく、いまはここに住んではいないが、時々帰ってきたり、あるいは将来帰ってくる可能性のある人々にまで広げ、とらえていく。

結論としてはあまり明確になっていないが概ね次のようなまとめかたであった。現時点では
限界集落になって消滅しているところはなく、なんとか持ちこたえている。しかしながら、
住民が高齢化していることは明白であるので今まで以上に注視していかなければならない。


集落の点検方式については、そこに住んでいるかだけではなく、上記のようなT型集落点検で
比較的周辺で支援してくれている人の存在があるということを考慮する必要があるのではないか
ということであった。確かに田舎に住んでいなかったとしても、定期的に帰ってきたりして
サポートするような家族が少なからずいるだろうからまだ限界になるまでの猶予はあるといえる。


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山下 祐介

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